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社長の仕事は、ビジネスモデルをつくること

皆さん、こんにちは。 今週も週次でのブログ更新です。

寒さが一段と厳しくなる季節ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は先日、以前から学びをいただいている古田土会計事務所様の経営計画発表会に参加させていただきました。
そこには、何百社もの経営者が集まり、自社の未来について真剣に向き合う熱気がありました。その中で、ある一つの言葉が私の心に深く突き刺さり、今も頭から離れません。

「社長の仕事は、ビジネスモデルをつくること」

この言葉を聞いた瞬間、雷に打たれたような感覚に陥りました。 日々の業務に追われていると、つい「目の前の問題を解決すること」が仕事だと思い込んでしまいます。しかし、本来社長がなさねばならないのは、会社が永続的に勝ち残るための「仕組み」そのものを設計することなのです。

うちの会社は創業して16年になります。
この言葉を反芻しながら、ふと自社の歩みを振り返ってみました。すると、この16年間という歳月は、まさに生き残りをかけた「ビジネスモデルの転換」の連続だったことに気づかされたのです。

今日は少し長くなりますが、私がどのようにして今の形にたどり着いたのか、その失敗と挑戦の歴史をお話しさせてください。

■ 第1フェーズ:40歳の絶望と、一筋の光(創業前夜)

そもそも、なぜ私がエステ業界に足を踏み入れたのか。
そのきっかけは、奈津子先生の切実な悩みにありました。

当時、彼女は40歳。
肌トラブルに悩まされていました。 「肌をきれいにしたい」 その一心で、エステサロンに通い、評判の良い化粧品をいくつも試しました。
しかし、結果は出ない。
どこに行っても、何を使っても、自分の悩みは改善されない。
「もう、一生このままなのだろうか」 鏡を見るたびに落ち込む彼女を、私は一番近くで見ていました。

そんな時です。
私たちが「ドクターリセラ」という製品に出会ったのは。
藁にもすがる思いで使い始めたところ、あんなに悩んでいた彼女の肌が、みるみるうちに美しく生まれ変わっていったのです。
「魔法」かと思いました。
しかしそれは魔法ではなく、正しい理論に基づいた「結果」でした。

「私と同じように悩んでいる人に、これを届けたい」

救われた彼女のその想いが、全ての始まりでした。
私はその情熱に心を動かされ、「じゃあ、それを届ける場所を作ろう」と彼女をサポートする形でサロンの開業を決意しました。
当初、私はあくまで裏方としてのサポート役であり、これが私の「本業」になるとは、その時はまだ思っていなかったのです。

■ 第2フェーズ:理想と現実。「届けたい」のに届かない創業期

しかし、創業当初の現実は厳しいものでした。
「肌を変えるならリセラだ」という確信と情熱はあっても、無名のサロンにお客様は集まりません。
生活のため、サロンを存続させるためには、とにかく来店していただけるメニューを用意しなければならない。

その結果、ご来店されるお客様の半分以上が、本来私たちが届けたかったフェイシャル(肌改善)ではなく、「痩身(ダイエット)」を目的にされた方々でした。
もちろん、お客様が来てくださること自体は本当に有難いことです。
ですが、痩身のエステは完全な「労働集約型」。
スタッフが汗だくになって施術をしなければ、1円も売り上げが立ちません。
施術ができない私は、バックオフィスと集客に奔走しましたが、サロンの収益だけでは自分の給料すら捻出できず、生活費を稼ぐために別の仕事を掛け持ちする「ダブルワーク」の日々でした。

「本当に届けたいのはこれ(肌改善)なのに……」
「自分が作った会社なのに、自分を養うことすらできない」

夜遅くまで別の仕事をしていると、理想と現実のギャップに押しつぶされそうになりました。

■ 第3フェーズ:奈津子先生のブログ、そして「ビジネスモデル」への気づき

そんな停滞していた空気を変えたのは、やはり奈津子先生でした。
「私たちの想いを、もっと自分の言葉で伝えなければ」 そう考えた彼女が、ブログでの発信をスタートさせたのです。

自身の肌悩みで苦しんだ過去、リセラで救われた経験、そして美容に対する考え方。
彼女の魂のこもった発信は、少しずつ、しかし確実に届くべき人に届き始めました。
ブログを読んで共感してくださったお客様が、一人、また一人と来店されるようになったのです。

「ブログを読んで、ここなら私の肌を任せられると思った」 そうおっしゃるお客様が増えるにつれ、サロンは本来の姿を取り戻していきました。
あれほど多かった痩身のお客様から、徐々に「本気で肌改善をしたい」というフェイシャルのお客様へと比率が逆転していったのです。

こうしてフェイシャルのお客様が増え、実際にドクターリセラ製品を使った施術(ADSプログラム)が稼働し始めた時、私はサポート役ながら、ある事実に衝撃を受けました。
「このADSプログラムというビジネスモデルは、なんて完成度が高いんだ……」

プロの指導で結果を出し、お客様がサロンに来ない日も自宅でのケア(物販)で肌が改善され、それがサロンの収益にもなる。
「施術」という労働だけでなく、「物販」という柱ができることで、経営が劇的に安定したのです。
この時初めて、私は「サポート」という意識を超え、このビジネスモデルを軸に会社を成長させることを「本業」にする覚悟が決まりました。

■ 第4フェーズ:手作りの通販と、カオスな現場

「良いものは、伝えれば必ず求めている人がいる」 ブログでの成功体験を得た私は、次なる一手を考えました。
世の中で通信販売が一般的になり始めた頃、リセラさんが確立していた「遠方のお客様とも電話でカウンセリングを行いながら商品を発送する仕組み」を自社でも取り入れることにしたのです。

しかし、ここでもまた苦難が待ち受けていました。
当初の通販事業は、予算もなく私が手作りしたサイトでの運用。
まさに「DIY(日曜大工)」レベルでした。
注文が入るたびに、バックヤードで「注文来た!」と声を掛け合い、施術の合間を縫ってエステティシャンがダンボールを組み立て、商品を梱包する。

サロンが忙しい日は地獄絵図でした。
スタッフはお客様のお手入れが終わった瞬間に裏へ駆け込み、制服のまま梱包作業をして、また涼しい顔でお客様をお出迎えする。
私は私で、自作サイトの不具合対応に追われながら、増え続ける注文処理に追われる日々。
配送ミスでお客様にご迷惑をおかけしたこともありますし、何より現場のスタッフを疲弊させてしまったことを今でも深く反省しています。

「これではいけない。仕組みを変えなければ、みんなが潰れてしまう」 そう痛感し、発送専任のパートさんを採用し、システムを刷新。

これが、私が「現場の作業」から「仕組みづくり」へと本格的に意識を向けた大きな転換点でした。

■ 第5フェーズ:YouTubeという起爆剤、そしてメーカーへの道

システムが整い始めた2019年、私たちはYouTubeチャンネルを開設しました。
かつて奈津子先生のブログがサロンを変えたように、今度は動画で「正しいスキンケア」を伝えたい。
その一心で始めたチャンネルが大きな反響を呼び、通販部門は会社の大黒柱へと成長しました。 (ちなみに、YouTubeの更新はこの頃から週3本ペースを崩さず続けています。必死でした。)

しかし、光が強ければ影もできます。
2022年、ある動画をきっかけにリセラ製品が爆発的に売れた際、信じられない事実に直面しました。
今まで絶対的な信頼を置いていた製品で、「肌トラブルが出た」というお声が届き始めたのです。 肌に悪い成分は一切入っていないのに、ごく一部の敏感な方にとっては刺激になってしまう。

「99人が大丈夫でも、たった1人の肌を傷つけるなら、それは私が届けたいものではない」 奈津子先生が肌悩みで苦しんでいた姿を知っているからこそ、お客様の悲しみは痛いほど分かりました。

そこで私は決断しました。
「誰にとっても刺激になることのない、本当に優しい製品を、自分の手で作ろう」と。

こうしてメーカーへの挑戦が始まりましたが、またしても私は「理想」だけで突っ走ってしまいました。
「良いものを作りたい」一心で原価をかけすぎ、資金ショートの危機に直面したのです。

創業期、自分の給料が出せなかったあの頃の恐怖がよぎりました。

そんな窮地を救ってくれたのが、商品開発部の影山部長です。
元々デザイナーとして採用した彼女ですが、「仕入れ」の経験があることを知り、開発部の立ち上げをお願いしました。 彼女はたった一人で新規工場を開拓し、コストを適正化しつつ品質を守るという難題をクリアし、今のメーカーとしての土台を作り上げてくれました。 私が一人で抱え込んでいたら、きっと会社は潰れていたでしょう。

■ 第6フェーズ:最強のチームで挑む未来

そして今、改めて社内を見渡すと、私の想像や能力を遥かに超えたスタッフたちが、このビジネスモデルを支えてくれています。
影山部長一人ではありません。
現在の弊社の業務は多岐にわたり、とても私一人で管理できる規模ではなくなりました。

弊社の中枢である通販サイトを堅守し、常に売り上げを伸ばし続けるための攻めの施策を立案し続けてくれている、通販の勝亦部長。
小さな会社が少しずつ成長していく過程で必ず生じる「歪み」や会社に足りないところを先回りして察知し、見事にピース合わせをして組織を整えてくれる、執行役員の横川さん。
スタッフとして入社しながらも、持ち前のガッツと「私がやります。手伝います」という強い当事者意識で頭角を現し、今期から広報部の部長として会社の顔となってくれた南部長。
そして、レイテノールの成長を長年一緒に歩んできてくれたブランドマネジャーの橘さん。彼女はどんなに混乱した状況でも「打つ手は無限」という言葉通り、私の乱暴な思いつきや想いを、諦めずに形にし続けてくれました。

「自分の能力以上のスタッフが多い」
経営者として、これほど幸せなことはありません。
それぞれのリーダーが、それぞれの持ち場で、私以上の能力を発揮して活躍してくれている。

「社長の仕事はビジネスモデルをつくること」

という言葉の真意は、箱を作ることではなく、その箱の中で最大限に輝く「人」の環境を作ることなのかもしれません。

■ そして、完成へ

あれから数年。
多くの困難と、最高の仲間に支えられ、来る2026年2月14日、レイテノールシリーズの最後を飾る美容液「リッチセラム」を発売いたします。

妻の悩みを解決したい(動機)→ エステサロン(労働集約) → ブログ集客・ADS(高付加価値) → 通販(商圏拡大) → メーカー(自社ブランド)

この16年間の変遷を振り返ると、全ての点が線で繋がっているように感じます。
奈津子先生の肌悩みがなければ、リセラに出会うことも、サロンを開くこともありませんでした。
そして、数々の失敗と、影山部長をはじめとする頼もしい幹部たちの助けがなければ、今のレイテノールはありません。

ビジネスモデルの転換という点では、このリッチセラムの発売で、ひとまずの「完成形」が見えた気がしています。 もちろん、メーカーとしてはまだまだ生まれたての赤ん坊です。経験も知識も、大手メーカー様には遠く及びません。 しかし、私たちには「現場」があります。「お客様の声」があります。そして何より、共に戦ってくれる最高の「チーム」がいます。

あの日聞いた言葉の意味を、今ようやく、実感を伴って理解できた気がします。
時代に合わせて形を変え、お客様にとって、そしてスタッフにとって一番良い形を模索し続けること。
それが私の役割なのだと。

社長の仕事はビジネスモデルをつくること

本当に良い製品が出来上がりました。
かつての奈津子先生のように肌悩みで苦しむ方に、この製品が届くことを願ってやみません。

これからもレイテノールは、変化を恐れず、チーム一丸となって進化し続けていきます。 どうぞ、これからの私たちにご期待ください。

レイズ&カンパニー株式会社 代表 杉山巨樹のブログ

杉山 巨樹
杉山 巨樹レイズ&カンパニー株式会社 代表取締役
レイズ&カンパニー株式会社 代表取締役
2010年3月より妻と2人で藤沢駅南口にエステサロンレイテノール開業。
2014年3月レイズ&カンパニー株式会社設立。発毛サロン開業(発毛協会理事長歴任、現在は廃業)、Youtube編集、ECサイトの運営、足技コルギ開業、鰻の成瀬FC加盟(現在3店舗)、レンタル撮影スタジオの運営など他業種に携わる。座右の銘は「人間万事塞翁が馬」。

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